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まぼろし物語

7年をかけた醸造技法の開発

新しい酒母の製造方法が完成

しかし、リンゴ酵母を実際の酒造りに活かすことが出来たのは、それから7年後のことになります。
それまでの酒造りの方法では、リンゴ酵母を添加しても発酵の途中で、蔵に元々住み着いている力の強い酵母に取って代わられ、お酒を搾る頃にはリンゴ酵母は消えてなくなってしまうといったことが起こりました。リンゴ酵母の特徴を全く活かせなかったのです。

それを解決するために清磨は、新しい醸造法の開発に着手することになります。
そして、7年後の1947年(昭和22年)に「高温糖化酒母法」という新しい酒母(しゅぼ)の製造方法を完成させました。

純粋な酒母を生み出すための高温糖化酒母法

酒母とはお酒の発酵モロミの前段階に造る、約1/12サイズの「小さな発酵モロミ」です。モロミとは、蒸米と麹と水を混ぜ合わせたものです。
最初から大きなモロミに酵母を添加すると、その酵母が増えて全体に行き渡るまでに時間がかかり、外部からの野生酵母や雑菌に汚染されてしまいます。
いわゆる隙が出来てしまいます。それを防ぐために、一度小さなモロミを造り、目的の優良酵母のみを大量に純粋に育てておきます。この工程を酒母と言います。

この酒母の工程で酵母の数は約2000倍に増殖しますが、その後の発酵モロミでは12倍に増えるだけということになります。
酒母で目的の酵母が純粋に育っていれば、後から多少他の酵母が入っても影響が出ないのです。

しかし、従来の酒母の造り方は、20℃(68℉)くらいの温度で仕込むので、麹や道具に付着して入って来る力の強い蔵付酵母の影響がどうしても出やすいという特性があります。
酒母の段階で蔵付酵母が混入すると添加した酵母は負けてしまい、途中で多勢の蔵付酵母で占められてしまいます。
特に米麹は、布や木製の道具を多用し、人の手作業で造られることから蔵付酵母の影響をゼロにすることは難しいのです。
高温糖化酒母の仕込。後ろの扉は55℃を保つ蒸気室。
高温糖化酒母の仕込。後ろの扉は55℃を保つ蒸気室。
清磨が開発した高温糖化酒母法は、蒸米・麹・水を混ぜ合わせる最初の工程で55℃(131℉)を8時間保ちます。
この長時間の高温環境下で酒母全体を無菌状態にすることが出来ます。
蔵付酵母が居ない状態を作り出すことが出来るのです。また、この「55℃で8時間」という条件は
殺菌効果の他、熱に弱い麹の酵素(約60℃[140℉]で失活)を破壊せずに効率的に糖化を完了することが出来るものでもあります。
温度が低すぎても、高すぎても上手く行きません。



そして8時間経過後に20℃(68℉)程度まで冷却してリンゴ酵母を添加します。
これを約10日間培養することで、リンゴ酵母100%の純粋な酒母が完成します。
高温糖化酒母は、現在も全国で半分近くの蔵が、品評会出品酒の仕込みに使用していると聞いたことがあります。
品評会のお酒においては、特に蔵付酵母の特徴(蔵グセ)はマイナスになります。

高温糖化酒母は、日本酒造業界に貢献したことで、開発から8年後の1955年(昭和30年)に日本醸友会より第1回技術功労賞を受賞しました。

まぼろし物語一覧

  • Story01:「幻」のリンゴ酵母、発見
  • Story02:7年をかけた醸造技法の開発
  • Story03:「忘れられない感動」
  • Story04:採算を度外視した市販酒
  • Story05:発売2年目に予約殺到